藤沢秀行

名人、棋聖、王座、天元を始め幾多のタイトルを奪取し、昭和から平成にかけて棋界をリードしてきた藤沢名誉棋聖の大きな「磊磊」の額が当館の宴会場に掲けられています。
ロビーには名誉棋聖古稀の祝の時の寄せ書きがあります。
米長邦雄との共著「勝負の極北」は当館で行われた対談を基にしたものです。

第43期本因戦第5局.jpg
本因坊秀和

幕末から明治にかけて活躍し囲碁四哲の1人とも称された第14世本因坊(幼名 土屋俊平)は当地の出身です。
当館から車で15分ほど南の小下田という部落に生家があり、近くの最福寺に第23世本因坊坂田栄男の筆による顕彰碑が建てられています。
当館にて1988年(昭和63年)に行われた本因坊戦は、秀和の生誕170年を記念したものです。

花登 筺

昭和23年、大津で自立劇団人間座の結成に参加、後に文芸座を創立するなど演劇活動に取り組む。
劇団「笑いの王国」「喜劇」を主宰、昭和43年「飛騨古系」で芸術祭文部大臣賞、同57年、第一回滋賀県ブルーレイク賞を受賞。
「泣くは人生、笑うは修業、勝つは根性」が人生訓。

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​内田康夫

当館では1988年(昭和63年)に最初の本因坊戦の対局がありました。当地出身の本因坊秀和生誕170年を記念した顕彰運動の一環でした。内田先生が観戦記をお書きになったのがこの対局です。
推理作家内田康夫先生は囲碁が強く文壇本因坊や文壇名人にもなった方です。当館で本因坊戦が行われた際には観戦作家として来訪され、毎日新聞に観戦記をお書きになっておられます。